一生思春期。

1987年と7月11日が大好きなブログ。

コンサートへの気持ち

お久しぶりです!

前回は嵐からのじょうくんに落ちかけて、あ、冬だなっていう脈略のないブログを書きましたがその後ひっそりと大橋くん道枝くんも気になっています。

 

先日、関ジャニの京セラコンに行ってきました。そのとき、自分自身の変化について感じたことをつらつらとメモ代わりに書き残したいと思います。

 

 

私が初めてジャニーズのコンサートに行ったのは嵐の凱旋ドームです。プレイガイドでとって、三塁側上段から見ました。当時私は小学5年生。

 

初めて嵐を見たとき、泣きました。

一年間私はこの人たちが大好きで、今この人たちに会えてるんだって。

どんなにコンサートやMC(ひたすらラララライをしてた)が面白くても急に自分が嵐と同じ場所と時間を共有してることが嬉しくて思わず泣きそうになったことを覚えています。

思えば感謝感激のレスポンスもわからず、友達から教えられた嘘のコールをひたすらし続けたりと反省点もあるものの、とにかくその場に入れたことが幸せで、すごくすごく幸せで明日からも頑張ろうって思えたことを覚えています。

 

私の場合は母親もたのきんからのジャニヲタ(SMAP光GENJIは出産育児と被り通っていない)なので、2人ではまり、コンサートに行きました。言葉にはしないもののコンサートがあれば大阪で1公演行くのが私たちの申し込みでした。

その後、NEWSにはまり、関ジャニにはまり、バイトもできなかった私はこの約束を守り、当時一番好きだったNEWS復活コンのときは東京に行きたいというものの許してもらえず、神戸の野外へ行ったことを覚えています。

 

そして、私は大学生になりました。

バイトで103万円にかからないように毎日働く生活。おしゃれや美容に特に興味を持たない系のダメダメ系ジャニヲタになり、行きたい現場は行くというスタンスになりました。

母親も旅費やチケット代を私が出すようになったことで、大阪が当たらなくても東京公演の際は一緒に行くようになりました。

次第に1つのツアーで1公演は物足りない、MCも違うし、コンサートDVDには自担のかわいい顔の全ては映らない、あのシーンの自担だけはどうしても目に焼き付けたい、レポを見てたらウズウズする。

もちろん全通には程遠くて、行っても3〜6公演。嵐みたいに当たらなければ積むこともしないし、行きません。(それくらいでって思う方もおられると思いますが、「私の感覚」からしたら増えた方なのです)

コンサートが始まって同じ空間にいることで泣くことはたぶんもうないです。(24の流星くんの挨拶は危なかったけど)初めて行ったコンサートの映像やMCの記憶は割と正確に残っているのに、最近行った△の何月何日のMCと言われてもたぶんピンと思い出せない、キーワードくださいって思っちゃいます。

2公演入って「今日の○○はどんなだったな〜〜」とか思わず比較している自分がいるし、「今日は入った甲斐があったな〜〜」とか思っちゃうこともあります。

エイトのコンサートを見て、360度ステージということもあり、アリーナで入ったため、視界のどこを探しても自担がいない瞬間がありました。

その瞬間、めっちゃ冷めた自分に気づきました。今までどんなに「遠くの自担よりも近くのジャニーズ」って思ってたはずだったのに、「今日は○○くんどんなことするのかな〜〜」というふうに「カメラでは追えない○○くんを私が追ってやる!」みたいな自担の姿を一分一秒も無駄にしたくなくなっていたのです。

どちらも悪くないし、見方にもコンサートの参戦のスタンスもどちらでもいいと思っています。

でも、正直なところ自分は「入れてMCとか雰囲気を楽しめるだけでいい」と思っていた人だったので「○○くんが見えなきゃ無理」っていう鑑賞スタンスになっていたことに自分で驚いてしまいました。

初めて行ったエイトのコンサートの前日。お小遣いの中から百均へ行って、入浴剤買って、白色の入浴剤のお風呂に浸かって自分を可愛くしようとしました。クラスの子に「今日関ジャニのコンサート行くねん」と言って、コンサートの開場を列に待機して待つ、そんなヲタクでした。

今ではちょっとメイクの雰囲気を変えてみたりはするものの、前日のドキドキとか、このために○週間がんばるぞの○のスパンがどんどん短くなってちょっと麻痺してきている部分もあります。「今日は○の舞台で明後日△のコンサート、あ〜〜行けそうだったら□にも行きたいなぁ」たぶん最初の頃はコンサートに行くことは非日常(今でももちろん非日常)で、年に数回しかない特別なイベントで、ごほうび。でも大学生になった今、それはもはや日課のようなものになり、なければ不安。行けたらいいなぁ、ではなくて行かないと不安、もしかしたら私がいない間に何か大事なことをするんじゃないか、見れなかったらどうしよう、できるだけ多く入りたい。そんな気持ちがたぶん今は勝っています。(でも今は初めての滝沢歌舞伎に興味を持ってもいます。)

 

こう思ったのも一度就活のためにコンサートのアンコール途中抜けや、開演時間ギリギリに入り席に着いたのは映像が始まる瞬間ということがあったからです。

なんかいくら就活のためとはいえ、すごく泣きそうになりました。あんなに大事に、自分へのご褒美だと思っていたコンサートをこんな風に途中抜けする自分ありえない!とか、ギリギリについたから右手にhoney貼ってないから気分が乗らないとか…

 

 

この話オチは見えてないんですけど、でもどっちも諦めきれない自分もあって。就活も頑張りたいし、でもコンサートにも行きたい。昔とは違って自分が入れないことが苦痛に感じるのだったら、学生の融通が利くうちはそれを楽しみたい。社会人になれば、諦めなければならないことも増えるだろうけど、その時は自然に元のご褒美スタンスに戻るかもしれないし、そうなればいいなって思います。

 

それにしても自分のスタンスが変わってることにびっくりしました。今は入れて自担がずっと追いかけれたらいいけど、いつかは良席を求めだしたりするのでしょうか。